0508

ここ最近気を付けているのは、特定の作品(アニメや漫画、ゲーム)などを他人に強く薦めないことかなあ
その作品をやっていないから会話ができないってのは排他的だし、コミュニケーションとしても貧相だと考えることが多くなった

3/2にこういうツイートをしていて、やはり最近の僕はこの傾向にあるなと思った。自分の趣味をブログに書き連ねることに心理的な抵抗感を持っている。
それは、そういうことをしなくても、そういう友達が作れなくても、自分は一人で生きていけるんだぞっていう内心のアピールなのかもしれない。とにかく中高時代に出会った人間たちに負の影響を受けており、スキゾイドパーソナリティを培われている。


ゴールデンウィークは、論文のデモの劣化版を実装したり、サークル(サークルではない)の人たちと Zoom 飲みをしたりした。あとは、ジエチルさんと Skype 通話して、CICADA というバンドを教えてもらったので、聴いてみる。

0412

Zoom での大学授業という前例の無い試みから1週間ほど経過し、ようやく慣れてきたところか。
せっかくなので、私が感じるメリット・デメリットを書いておこう。メリットとしては、まずは通学が不要、朝早く起きなくてもよいということがある。私は大学まで片道80〜90分かかるので、それが無くなると一気に時間が浮いたように感じる。他方で、その浮いた時間を有効活用できているかというと、全然そんなことはない。思えば、通学時間を工夫して楽しむのが好きだったのかもしれない。中学生の頃から長時間電車通学に慣れているので、電車の中で読書したり、参考書を読んだり、アニメを見たりするのは昔から割と好きだし、通学自体が意外と運動にもなっていた。それがなくなってしまうと、生活にポッカリと穴があいたようにも感じる。せめてもの代償行為として、リングフィットアドベンチャーは毎日やるようになった。
個人的には、通学時間が無くなるということよりも、教室にいなくてもいいというメリットの方が大きい。教室、それは私の疎外感の源泉であり、人生の大敵である。授業が始まる前はできるだけ図書館で過ごし、ギリギリになってヘッドホンをつけて教室に向かい、授業が始まるまで周囲をシャットダウンするのが常だ。(つまり、(3期が延期されてしまった)俺ガイルの1期を見ていた中学生の頃から精神性が何も変わっていないわけだ。)オンライン授業では、人を避ける行動を意識的にしなくても、授業が始まる前に静かな空間でいられるのは本当に最高だ。
一方デメリットとしては、Zoom でのコミュニケーションに慣れていないところが大きいと思う。先生の話を受動的に聞くのは特に問題ないが、サークル(サークルではない)で、多人数で会話するような場合がかなり難しい。表情が見えない相手に語りかけるのはやりづらい、かといってビデオONを相手に強制させることもできない。あとは「手を挙げる」ボタンで手が挙がっていると判断するのも、現実に手を挙げている人を見るのとは大分落差がある。音に過剰に敏感になってしまうせいか、普通の会話よりも疲れるような気もする。

今学期は、私の学科では3つの研究室をそれぞれ1ヶ月訪問し、論文を読んで実装したり輪講したりするイベントがある(正式な研究室配属は秋であり、同じ情報系でもeeicや計数、駒場の学際Bとかと比べて、遅いと思う)。いちおう院試を受ける予定で、同じくらい志望で迷っている研究室があるので、それを決める判断材料を得られればいいなと思う反面、今のよくわからない状況で上手く進むのだろうか、先行き不明である。

0322

コロナウイルスの感染がここまで酷くなるとは思わなかったが、感染拡大とともに、人々の Twitter の使い方の差がここまで顕在化するものなのか、と大変興味深く思った。
世の中には、感染者が増えるたびにそのニュースのツイートばかりしている人もいるし、反対に、ウイルスなんかに我関せず、友達と楽しく馴れ合ったり、延々と自分語りをしてばかりしている人もいて、その差がすごく面白い。たぶん、前者は普段から孤独な環境にいる人で、Twitter で話題のニュースを追うか各種のメディアサイトを眺めるくらいしか(仕事や家事などの生活以外で)本当やることが無いタイプなんだろう。僕もそっち側にどちらかといえば属すのかな。
どうしたら僕は後者のタイプになれただろう。中学や高校で適切に友達を作れればよかったのだろうか。それとも、コロナなんかどうでもいいくらい夢中になれる趣味を見つければよかったのだろうか。

0223

近況報告。

『パラサイト』を見た。1回目は一人で、2回目は気の知れる知人と。
とても面白かったし、単なる社会問題を描いた作品と片付けられない、一筋縄ではいかない映画だと思った。『ジョーカー』を見た後のような気分の悪さもなかった。

知人を呼びつけたのは、映画の感想を聞くためというのに加えて、マッチングアプリ用の写真を撮影してもらうためだったのだが、結局撮った写真を使うことはなく、マッチングアプリは削除した。

それとは全く関係なく大学の組織に入ったりした。これはサークルではないので、「サークル(サークルではない)」と呼んでいる。活動についてインターネットで言及することは控えたいと思う。

ともかく、そのような形で、自分から同じ大学の人に声をかけられるようになったというのは大きな変化だ。
自分語りをする。高校の最後の1年半くらいで対人恐怖が身についてしまい、同世代の人との交流が持てなくなった。それは大学に入ってからも続き、サークルに入ることはなかった。
最初に転機が訪れたのは、声優イベント、ないし声優ファンのコミュニティだったと思う。そこでは、社会人も、高校生も、ニートも、みな「オタク」だったのが良かった(「無知のベール」?)。
それから、プログラミングのアルバイトを始めて、また違った人達と交流するようになった。アルバイトは、自分が仕事をすることで、組織に役割を果たしているという感覚が一番強く持てるというのもあるが、社員の方々がコミュニケーションの場作りを積極的にしていらっしゃるというのが大きいと思う。
そして、今のTwitterアカウントのFFも、元はというと、読書メーターを通じて、高森さん、ジエチルさん辺りに知り合ったのが始まりだ。思えば、結構な日月が過ぎたかもしれない。
皆さんいつもありがとうございます。

コミュニケーションに対する心理的負担は、何歳になっても取れないものだけど、コミュニケーションを取るチャンネルを増やすことによって、少しでも負担を分散していけたらなあと思う。

明日は簿記3級を受ける。

0129

昨日の日記。
僕は、同年代の人に比べても相当ひとりぼっちな方だと思う。ただ、そういうことをインターネットで強く言うべきではないのかもしれない。
孤独である現状を変えたい(というか孤独であることを意識しなくても済むような生活を送りたい)と考え続けて早数年、自分なりに色々行動し続けたつもりだ。ただ、そういう行動がかえって、人からお前は孤独なんかではないという指摘を受けるもとにもなってしまうのかもしれない。
よくある誤解としては、社会性がある人間は孤独ではないというのがあるが、これは大きな間違いだと思う。また、孤独なのはお前の責任なんだという責任論にもくみしたくない。

0128

大学を訪れる用件があって外出したが、めちゃくちゃ寒かった。今日は今季で一番寒いかもしれない